具体的に何が残ったのか
研究者たちは、4つ目の点が最も長く残ると考えています。国境は争うことができ、経済は組み替えられますが、統治の仕組みは受け継がれます。新しい政府は、資源を収奪するためにつくられた機構を引き継ぐのです。
3つ目の点は、今も鉄道路線図に表れています。多くの国では、隣の地域へ行くより旧宗主国へ行くほうが簡単で、国内の貿易が大きく制限されています。
最も長く残るのは、国境でも言語でもなく、制度の仕組みです。それは建物や手続きとともに、次の支配者へ受け継がれます。
研究者の論争点
ある研究の流れは、現在の国々の違いをこの遺産によって説明します。収奪のための制度がつくられた地域では発展が遅れ、入植のための制度がつくられた地域では発展が進んだという見方です。根拠は大規模な比較研究に基づいています。
別の研究の流れは、あまりにも多くのことを1つの要因で説明していると反論します。旧植民地の内部には大きな違いがあり、似た過去を持つ国々が大きく異なる道を進んだからです。つまり、原因は過去だけではありません。
3つ目の立場もあります。遺産は出発条件を決めますが、その後を決めるのは各国自身の選択だという考えです。最も目を引きにくいため引用されることは少ないものの、結果のばらつきをよりよく説明します。
もう1つの痕跡は、統治に使われる言語です。多くの国では、公文書の作成や高等教育が旧宗主国の言語のまま残り、住民を2つに分けました。その言語を使える人だけが国の仕組みを利用できるのです。
理解度チェック1 / 2
植民地支配の遺産で、最も長く残ったのはどれ?
多くの国で隣の地域へ行きにくいのはなぜ?
出典
- 植民地期の持続的な影響として、恣意的な国境、単一作物の輸出に特化した経済、搬出を目的とした交通網、資源の収奪のためにつくられた制度が挙げられます。現代の発展に対する影響の程度は、現在も学術的な論争の対象です。
「植民地」シリーズの続き
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