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日記から時代が見えてくる仕組み

Miqo編集部 · 出典1件

公文書と日記では見えるものが違う

公文書は、任命する、報告する、許可を出すなど、何かを決めるために作られます。そこには決定はあっても、その周囲にあった暮らしはありません。日記は特定の目的なしに書かれるからこそ、誰も記録しようとは思わなかったことを残します。

報告書

何が決まり、誰が担当し、いくら配分されたか

日記

何を燃料にし、何を食べ、誰を恐れ、何について黙っていたか

よく知られた例の1つが、17世紀のロンドンの役人です。彼は自分のために日記をつけ、ペストとロンドン大火を内側から見たまま、何気なく描きました。どんなにおいがしたか、どこへ人々が逃げたか、何を持ち出せたか。同じ年の公文書には数字と命令が記されていますが、それだけでは、実際にどんな状況だったのかはわかりません。

歴史家が日記から探すもの

  • 物価と天気。 最も退屈な記録ほど信頼性が高く、人々が何で暮らし、いくらかかり、いつ凶作になったかを教えてくれます。
  • 生活のリズム。 何時に起き、いつ食べ、どれくらい歩いたかから、普通の1日がどのようなものだったかを復元できます。
  • うわさ。 人々が何を真実だと思っていたかがわかります。間違ったうわさでさえ、何を恐れ、何を信じていたかを示します。
  • 書かれないこと。 身近で起きているのに、本人が何について書かなかったかがわかります。ときには、沈黙のほうが記録より多くを語ります。

最後の点がいちばん厄介です。書き手がある話題を避けるのは、恐れや慎み深さからかもしれません。あるいは、あまりに日常的で、書くほどのことではないと思ったのかもしれません。どちらなのかを見分けるには、同じ時代の複数の日記を比べるしかありません。

日記をそのまま信じてはいけない理由

この史料には、構造的な偏りがあります。日記を書いたのは、読み書きができ、その時間もあった人たちです。そして残ったのは、子孫が保存する価値があると考えた人たちの日記でした。読み書きのできない大多数の声は、ほとんど私たちのもとに届いていません。

2つ目の偏りは、日記という形式そのものにあります。多くの人は、将来の読者を意識しながら日記をつけ、その場で自分を修正していました。戦時中の記録は検閲も受けることが多く、書き手がすべての結末を知った何年も後に、記録を編集し直すこともありました。

だから歴史家の仕事では、日記が単独で使われることはほとんどありません。教区の記録、帳簿、新聞、ほかの日記と並べて読み、史実はそれらが重なるところから浮かび上がります。1つの記述は細部としては役立ちますが、証拠にはなりません。

理解度チェック1 / 2

なぜ日記の退屈な記録は、歴史家にとって特に役立つのでしょう?

出典

  1. Samuel Pepysが1660年代につけた日記を指します。当時の人々の暮らしを知るうえで、最も詳細な史料の1つです。個人史料の選別と自己検閲の問題は、史料批判で扱われています。

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